私が尊敬する岩屋たけし代議士のエッセイが大変興味深かったので一部引用させて頂きます。

最近読んだ本でもっとも感銘を受けたのは、現楽天イーグルス監督の野村克也さんの本だ。本屋でパラパラと文庫本をめくった時に、これは面白そうだと思って買ってきた。タイトルは「敵は我にあり」。
野村さんは言うまでもなく、我が国の球界を代表する名スラッガーでホームラン王や三冠王に何度も輝いた名選手である。しかし、著書を読んでみると、誠に不器用な選手だったのだという。なにしろ、この名バッターがカーブにタイミングが合うまで7年もかかったらしい。野球には門外漢である小生にはその難しさがよくわからぬが、その不器用さたるや、いやしくもプロと名のつく選手の中では断然、「抜きん出ていた」のだそうだ。
そこで氏は誰よりも遅くまでバットを振り続ける。球種によって投手のフォームに微妙な違いが現れることに気がつき、懸命にその癖をよむ技を身につける。そして、狙い玉を絞り込んで水平打法で強打する野村流のスタイルを確立した。感心するのは、氏の努力が単なる「クソ努力」ではなく、常に入念で緻密な思考をともなった努力であったという点だ。自分の欠点を知り尽くし、あらゆる試行錯誤の末にそれを補い、克服してきたその過程には実に感銘を受ける。まさに本のタイトルにあるとおり、「敵は我にあり」だ。
どんな世界であれ、「勝負」というものがつきまとう。「勝負」であればこそ、勝者と敗者が生まれる。「勝敗は時の運」とも言われるが、それは傍観者の諦観であって、決して当事者の心構えであってはなるまい。「勝敗はプロセスの結果」だというのが真相だ。正しいプロセスは己をこそよく知ることに始まる。結果だけにこだわると、「敵」のことばかりが気になって肝心の自身の力が発揮できない。それでは相手にひきずられる。相手を引きずらなければ勝機は生まれない。
「敵は我にあり」。言い換えれば「敵在心中」。自分の弱さ、脆さ、ふがいなさ、それとまず向き合うことだ。そして、向かうべき目標と自らの使命をさらに堅固にすることだ。それでこそ本当の強さが生まれる。そうなれば、「敵」は「敵」でなく「味方」にもなる。これから再び時代の奔流の中に身を投じようとしている今、あらためて自分にそう言い聞かせている。
私自身もすごく感動した文章でした。

最近読んだ本でもっとも感銘を受けたのは、現楽天イーグルス監督の野村克也さんの本だ。本屋でパラパラと文庫本をめくった時に、これは面白そうだと思って買ってきた。タイトルは「敵は我にあり」。
野村さんは言うまでもなく、我が国の球界を代表する名スラッガーでホームラン王や三冠王に何度も輝いた名選手である。しかし、著書を読んでみると、誠に不器用な選手だったのだという。なにしろ、この名バッターがカーブにタイミングが合うまで7年もかかったらしい。野球には門外漢である小生にはその難しさがよくわからぬが、その不器用さたるや、いやしくもプロと名のつく選手の中では断然、「抜きん出ていた」のだそうだ。
そこで氏は誰よりも遅くまでバットを振り続ける。球種によって投手のフォームに微妙な違いが現れることに気がつき、懸命にその癖をよむ技を身につける。そして、狙い玉を絞り込んで水平打法で強打する野村流のスタイルを確立した。感心するのは、氏の努力が単なる「クソ努力」ではなく、常に入念で緻密な思考をともなった努力であったという点だ。自分の欠点を知り尽くし、あらゆる試行錯誤の末にそれを補い、克服してきたその過程には実に感銘を受ける。まさに本のタイトルにあるとおり、「敵は我にあり」だ。
どんな世界であれ、「勝負」というものがつきまとう。「勝負」であればこそ、勝者と敗者が生まれる。「勝敗は時の運」とも言われるが、それは傍観者の諦観であって、決して当事者の心構えであってはなるまい。「勝敗はプロセスの結果」だというのが真相だ。正しいプロセスは己をこそよく知ることに始まる。結果だけにこだわると、「敵」のことばかりが気になって肝心の自身の力が発揮できない。それでは相手にひきずられる。相手を引きずらなければ勝機は生まれない。
「敵は我にあり」。言い換えれば「敵在心中」。自分の弱さ、脆さ、ふがいなさ、それとまず向き合うことだ。そして、向かうべき目標と自らの使命をさらに堅固にすることだ。それでこそ本当の強さが生まれる。そうなれば、「敵」は「敵」でなく「味方」にもなる。これから再び時代の奔流の中に身を投じようとしている今、あらためて自分にそう言い聞かせている。
私自身もすごく感動した文章でした。
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2008/10/02(木) | 院長からのおしらせ | トラックバック(0) | コメント(0)